2011年12月03日
戦サイ、豊薩の陣 ~戦地を求めて~①
大河ドラマ 江 も終わり、
戦国時代の女性 3姉妹の生き様 それぞれですね・・
そこで、戦国時代にタイムスリップサイクリングですね・・
戦国時代サイクリング・・・略して戦サイ(センサイ)に行きました。
天面山城から眺める豊後国

ルート:豊後国~吉野~戸次~鶴ヶ城(利光城)~竹中~鏡城
鏡城~天面山城
メンバー:ソロ
愛車:赤い悪魔 スペシャ君
走行距離:52km
戦国時代の女性 3姉妹の生き様 それぞれですね・・
そこで、戦国時代にタイムスリップサイクリングですね・・
戦国時代サイクリング・・・略して戦サイ(センサイ)に行きました。
天面山城から眺める豊後国
ルート:豊後国~吉野~戸次~鶴ヶ城(利光城)~竹中~鏡城
鏡城~天面山城
メンバー:ソロ
愛車:赤い悪魔 スペシャ君
走行距離:52km
吉野のとりめし 工場に近くにて ココアチャージ・・・・・もうさぶいですな

梅が丘~榎峠トンネルを越え~この看板発見、鶴ヶ城
鶴ヶ城主:利光宗魚 3000人 vs 島津軍30000人の戦いっすね

山サイになってますね・・タイヤがスリックタイヤなので噛まない・・・やっぱ山サイは スパイクタイヤっすね
島津軍 30000人もこの獣道を登って 鶴ヶ城を攻めた事でしょう。

んん、敵の罠、大木攻撃・・・・進めない

敵の攻撃を交しながら、サイクリング。

二の丸に到着

二の丸にてパチリ撮影・・・利光山 193米

さあ、ここで島津軍を食い止めて、本丸へ
竹の階段が風情がありますね・・自転車はかついで・・・登城

着きました、本丸。
おそれながら、島津軍30000は 島津家久を大将にこの城を囲んでおりまするなんて感じでしょう

この城には 女・子・老人含めて3000人 10日持ちこたえたらしいです。
豊臣の 大友・四国連合軍 を早期救援を待っていた事でしょう。
そして、この本丸から 戸次川合戦 大友・四国連合軍 vs 島津 の合戦場所が上から見れます。

大友・四国連合軍を待ちながら 一息しました。

おぬし、鏡城に援軍を送るよう、頼んでまいれ・・・ ハ・ハーっと申しつけられたので鏡城へ向います。
鶴ヶ城を 10号線 が走る 利光方面へ

この城主 利光宗魚ですが、流れ玉で亡くなったそうですが、優秀な武将で
このような、城を戦いを用いて島津軍を苦戦させました。3000人やっつけたとか!
畝状竪掘作戦じゃ この城の本丸周りは斜面が急にて、敵も苦戦したでしょう。

完全山サイの 獣臭 獣道を通って、鏡城へ
敵に悟られぬ様に・・・

そして、上戸次から竹中駅経由、竹中へ 大野川沿いを走り

鏡城到着 ココは、戸次川の合戦で、 大友・四国連合軍の 軍議 が開かれた場所です。
この川の向こうに島津軍。この川を渡って戦うか?
豊臣秀長(秀吉の弟)・小早川隆景・吉川元春・黒田如水の援軍を待つか?

さあ、妄想ドラマやりますか?
豊薩の陣 ~戦地を求めて~ 合戦前夜
大友・四国連合軍 豊臣勢・・・急造部隊、統率が取れてない
慎重派
長宗我部元親
長宗我部信親(元親の長男)
十河存保
強行突破派
仙石秀久
・・・・派
大友義統(宗麟の嫡男)
かめはめ波
ショーゲン

長宗我部元親 「豊臣軍の援軍を待ちましょうぞ」
仙石秀久「なにを言う、敵を目の前にして、待っておられるか?四国勢の強さを見せてやろうではないか?」
長宗我部信親「しかし、太閤殿下も援軍を待てとの指示にて」
仙石秀久「戦に勝てば、太閤殿下もどうこういいますまい」
十河存保「しかし、戦上手な島津軍、ここは慎重になった方がいいと」
大友義統「・・・・・・・・・・」
仙石秀久「ええい、そなたらが行かぬなら、わが仙石軍のみで戦い島津軍を蹴散らしてくれるわ
明日、川を渡って仕掛ける・・そなたらは、鏡城で高みの見物でもしているがよい」
長宗我部元親「大友どのはどのように考えておるか?」
大友義統「・・・・・・・・・・」
ナレーター@そして、大友・四国連合軍は統率もとれんまま、戸次川を渡っちしまった。
バラバラの戦術で士気も上がらんで、戦いに挑んじいったっち。
こげん戦いは勝ち目は薄い。大将らしい大将がおらんけん、急造連合軍でも
立花道雪のような統率のとれちょん大将がほしかったな~。
そして、島津軍得意の 釣り野伏せ作戦に 見事にはまっち 敗退した。
こんな、軍議が開かれた 鏡城 です。
鏡城からこれまた、歴史を感じる 昭和井路 が見えました。


梅が丘~榎峠トンネルを越え~この看板発見、鶴ヶ城
鶴ヶ城主:利光宗魚 3000人 vs 島津軍30000人の戦いっすね
山サイになってますね・・タイヤがスリックタイヤなので噛まない・・・やっぱ山サイは スパイクタイヤっすね
島津軍 30000人もこの獣道を登って 鶴ヶ城を攻めた事でしょう。
んん、敵の罠、大木攻撃・・・・進めない
敵の攻撃を交しながら、サイクリング。
二の丸に到着
二の丸にてパチリ撮影・・・利光山 193米
さあ、ここで島津軍を食い止めて、本丸へ
竹の階段が風情がありますね・・自転車はかついで・・・登城
着きました、本丸。
おそれながら、島津軍30000は 島津家久を大将にこの城を囲んでおりまするなんて感じでしょう
この城には 女・子・老人含めて3000人 10日持ちこたえたらしいです。
豊臣の 大友・四国連合軍 を早期救援を待っていた事でしょう。
そして、この本丸から 戸次川合戦 大友・四国連合軍 vs 島津 の合戦場所が上から見れます。
大友・四国連合軍を待ちながら 一息しました。
おぬし、鏡城に援軍を送るよう、頼んでまいれ・・・ ハ・ハーっと申しつけられたので鏡城へ向います。
鶴ヶ城を 10号線 が走る 利光方面へ
この城主 利光宗魚ですが、流れ玉で亡くなったそうですが、優秀な武将で
このような、城を戦いを用いて島津軍を苦戦させました。3000人やっつけたとか!
畝状竪掘作戦じゃ この城の本丸周りは斜面が急にて、敵も苦戦したでしょう。
完全山サイの 獣臭 獣道を通って、鏡城へ
敵に悟られぬ様に・・・
そして、上戸次から竹中駅経由、竹中へ 大野川沿いを走り
鏡城到着 ココは、戸次川の合戦で、 大友・四国連合軍の 軍議 が開かれた場所です。
この川の向こうに島津軍。この川を渡って戦うか?
豊臣秀長(秀吉の弟)・小早川隆景・吉川元春・黒田如水の援軍を待つか?
さあ、妄想ドラマやりますか?
豊薩の陣 ~戦地を求めて~ 合戦前夜
大友・四国連合軍 豊臣勢・・・急造部隊、統率が取れてない
慎重派
長宗我部元親
長宗我部信親(元親の長男)
十河存保
強行突破派
仙石秀久
・・・・派
大友義統(宗麟の嫡男)
長宗我部元親 「豊臣軍の援軍を待ちましょうぞ」
仙石秀久「なにを言う、敵を目の前にして、待っておられるか?四国勢の強さを見せてやろうではないか?」
長宗我部信親「しかし、太閤殿下も援軍を待てとの指示にて」
仙石秀久「戦に勝てば、太閤殿下もどうこういいますまい」
十河存保「しかし、戦上手な島津軍、ここは慎重になった方がいいと」
大友義統「・・・・・・・・・・」
仙石秀久「ええい、そなたらが行かぬなら、わが仙石軍のみで戦い島津軍を蹴散らしてくれるわ
明日、川を渡って仕掛ける・・そなたらは、鏡城で高みの見物でもしているがよい」
長宗我部元親「大友どのはどのように考えておるか?」
大友義統「・・・・・・・・・・」
ナレーター@そして、大友・四国連合軍は統率もとれんまま、戸次川を渡っちしまった。
バラバラの戦術で士気も上がらんで、戦いに挑んじいったっち。
こげん戦いは勝ち目は薄い。大将らしい大将がおらんけん、急造連合軍でも
立花道雪のような統率のとれちょん大将がほしかったな~。
そして、島津軍得意の 釣り野伏せ作戦に 見事にはまっち 敗退した。
こんな、軍議が開かれた 鏡城 です。
鏡城からこれまた、歴史を感じる 昭和井路 が見えました。
おぬし、天面山城へ行き、援軍と食料と水の補充 を要請してくれぬか?
はっは、かしこまりました。
昭和イロの下を通過し、天面山城へ アタックに行ってきます。
別大サイクル
湯布院ライド サイクリング
長湯やっつけサイクリング ガニ湯伝説②
長湯やっつけサイクリング ガニ湯伝説①
滝とチューリップやっつけサイクリング②
滝とチューリップやっつけサイクリング①
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Posted by show at 20:58│Comments(0)
│豊の国サイクリング
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